プロコフィエフ:交響曲第5番 / ウェラー, ロンドン交響楽団

2018.05.12 Saturday

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    打楽器が楽曲を荒波のように激しく盛り立てる中で、勇ましさと時折の優しさとの表情を入れ替えながら曲は進んでいく。

     

    ややすると曲全体が嵐の最中にあるようなイメージも持ちうるが、その手綱を緩めない攻撃性が何とも言い難い痛快さを導き出す。「美」とはかけ離れるのかもしれないが、「勇」であることを潔しとするそのスコアリングが、20世紀と言う2つの世界大戦を擁した現代激動期を表現しようと試みたものではないかとまで想像させてしまうあたりが面白い。

     

    言い換えると、休みがないのだ。確かにスコア上には一時の休息となる部位はある。それもやはり嵐の前触れであり、事実、その先には嵐が確実に待ち構えている。20世紀に安寧なしとプロコフィエフが言い放っているかのごとく曲が進んでいくように見えるのは、しつこくうがち過ぎだろうか。

     

    戦火に疾走し、緊迫を持った時代。それらを走馬灯のように書き写すと、このようなひたすらに勇ましい、昂ぶりを持った作品が生まれるのではないかと、20世紀半ばを大きく過ぎての、半端な時代に生まれ育った自分は勝手な想像を膨らませてしまうのである。

     

    たとえ平和ボケと言われて育った世代であっても、その手前には全世界的に戦火が吹き荒れていたことを知らしめる作品。平和を安易に描くのではなく、争いを描くことで対義に平和への思いを馳せる。それがこのプロコフィエフの第5番の意図するところではないかと思いながらも、一方でやはりこの攻撃性は痛快であると、単純に呵々と笑い飛ばしながら聴くことも出来るのだ。

     

    ⇒TOWER RECORDS ONLINE

    Prokofiev: Complete Symphonies

     

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    2018.09.17 Monday

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